昭和50年の文化財保護法改正で、伝統的建造物群保存地区ができました。
制度をきっかけに城下町や宿場町など、全国に残る集落や街並みの保存が図られるようになりました。
市区町村が選ぶ伝統的建造物群保存地区の中から国が選んだものが、重要伝統的建造物群保存地区です。
地区内の歴史的建造物を残して活用することは、地域に良い影響を及ぼします。
一方で、昔ながらの街並みを残すために取り組むべき課題もあります。
- 重要伝統的建造物群保存地区の定義・選定基準
- 街並みを守るための規制や取り組み
- 指定されるメリットと課題
などを本記事で解説します。
京都や川越市などいくつかの地域の具体的な事例も紹介しています。
目次
重要伝統的建造物群保存地区とは
市町村からの申し出を受けて国が選定した地区です。
日本にとって価値が高いと判断されたものが選ばれます。
- 伝統的建造物群全体で特に優れたデザイン
- 伝統的建造物群と地割が昔からの状態を保っている
- 伝統的建造物群と周辺環境が地域の特徴を表している
上記は重要伝統的建造物群保存地区に選ばれる基準です。
いずれかに該当する伝統的建造物群保存地区が、重要伝統的建造物群保存地区に選ばれます。
重要伝統的建造物群保存地区には8つの種別があります。
- 集落
- 宿場
- 港
- 商家
- 産業
- 社寺
- 茶屋
- 武家
令和3年8月2日現在、104市町村で126地区。
約30,000件の伝統的建造物などが保護されています。
文化庁と都道府県委員会は、市町村の取り組みに指導・助言を行います。
市町村の修理・修景、防災設備や案内板の設置などに補助もしています。
※修景:伝統的建造物以外の建築物を伝統的建造物群と周辺環境と調和させることと、歴史的な景観を回復させるために行われること
重要伝統的建造物群保存地区の前提となっている「伝統的建造物群」「伝統的建造物群保存地区」とは
それぞれの定義や守るための取り組みなどを解説します。
伝統的建造物群
文化財保護法2条第1項に定義された文化財のひとつです。
周囲の環境と一体となって歴史的風致を形成している、伝統的で価値の高い建築物群のこと。
伝統的建造物群保存地区に関しては、文化財保護法第142~146条で示されています。
第144条と145条は、重要伝統的建造物群保存地区に関してです。
伝統的建造物群を守るためには「保存活用計画」が欠かせません。
保存活用計画は下記で構成されています。
- 地区の保存・活用に関する基本計画
- 地区内の伝統的建造物群を構成する建築物などと一体となった環境を守るのに特に必要と認められた物件に関する事項
- 建造物の保存整備計画
許可基準、修理基準、防災計画など
- 経費の補助、税制優遇といった助成措置
- 環境整備計画
防災施設や案内板の設置、電柱移設など
- 地区の情報発信や保存に携わる人材育成
など
※伝統的建造物群を構成する建築物などと一体となった環境を守るのに特に必要と認められた物件
:伝統的建造物群と共に歴史的風致を形成してきた樹木や川といった自然物や土地のこと。通称「環境物件」
伝統的建造物群保存地区
市町村に選ばれた保存する価値のある地区です。
保存条例に基づき、地区内をどのように保存するか計画します。
保存条例は地区の保存のために必要な規制や措置を定めたものです。
地区の文化の発展や歴史の継承を目的に必要な規制などであることが求められます。
条例の目的は、地区にふさわしいものを地区で決められます。
地区内の開発行為がどこまで規制されるかなども定められます。
- 建築物・工作物の新築・増築・改築・移転・除却
- 建築物などの修繕・色彩変更などで外観が変わるもの
- 宅地の造成・土地の形状変更
- 木竹伐採
- 土石類の採取
- 水面の埋め立て・干拓
上記に規制があり、事前に教育委員会からの許可が必要です。
ただし、防災に必要な措置や管理の一環で行われる木竹の伐採・間伐などは、許可は必須でありません。
地区内の建造物の修繕などは、建築基準法に則ることが原則です。
ただし、条例で定めれば、地区内の建築基準法の緩和も可能です。
法に則り外観が変わると、街並みへの影響が懸念されるためです。
そこで、建築基準法第85条3で、地区の保存に必要と認められる場合、国土交通省の承認を得て制限緩和されます。
▼関連記事:埋没文化財も教育委員会管轄です
伝統的建造物を活用するメリット
街ににぎわいをもたらすことです。
伝統的建造物群は内部までは規制されないため、有効活用できます。
故に、地区内で生活している人の暮らしを保ちつつ、店舗や宿泊施設など観光に活かせます。
閉鎖していた芝居小屋が演劇施設として使われるようになった事例があることから、空き家問題解決のきっかけにもなりそうです。
伝統的建造物に関する課題
- 保存に向けた取り組みは進んでいるものの、活用するための資金や体制は不足している
- 所有者の管理放棄
特に地方都市では保存・活用を支える地域コミュニティの維持の難しさも指摘されています。
伝統的建造物の管理に関する問題と解決策は、空き家対策でも参考になりそうです。
▼関連記事
重要伝統的建造物群保存地区の取り組み事例
4つの自治体の例を紹介します。
川越市
明治26年の川越大震災後に建てられた黒漆喰塗りの蔵造り町屋から近代洋風建築まで、さまざまな伝統的建築物が建っています。
歴史を感じられる街並みです。
保存地区のルールに基づき、建物・工作物・道路が一体で整備されています。
防災計画が平成13年度に定められてからは、防災設備の設置や地域主催の防災訓練も実施しています。
時の鐘耐震補強工事は、街並みを保存しながら活用する取り組みのひとつです。
歴史的な特色も残すために重要無形民俗文化財「川越氷川祭の山車行事」に関連した事業も行われます。
たとえば、山車の修理、景観込みの山車の通り道の保全などです。
地域住民と共にまちづくりしていくことも大切にしています。
一例として住民にも分かりやすいルールブックの作成が挙げられます。
規制されている感じがしないよう「材料は自然素材や地域のものを優先する」「建物の高さは周囲を見て決める」など、提案しているような書き方が特徴です。
文化や技術を伝える地域主催のイベント開催などで、地域の文化や歴史に愛着がわきそうです。
金沢市
たとえば東山ひがしです。
江戸時代後期から明治初期の茶屋が残されている、格式・にぎわいのある茶屋町です。
修理・修景、防災事業の他、美しい街並みが活きるよう無電柱化にも取り組みます。
京都市
祇園新橋地区や嵯峨鳥居本地区などが指定されています。
祇園新橋地区は、国内外問わず多くの方の心に残る趣のある街並みです。
観光客でにぎわう反面、住民は減り、地域とのつながりが薄くなっていました。
そこで、地域の文化・風情を新しい時代に対応した形で残せるよう「祇園新橋景観づくり協議会」が設立されました。
景観に関わる建築工事にあたり必要な届出などをする前には、協議会と意見交換しないとなりません。
嵯峨鳥居本地区で毎年8月に実施される「愛宕古道街道灯し」は、街並みを上手に活用したお祭りです。
富田林市
大阪府唯一の重要伝統的建造物群保存地区で、重厚な町家が残る歴史的な景観が特徴です。
市は空き家の活用に力を入れています。
空き家の所有者と物件を探している方のマッチングで、29の店舗や工房がつくられました。
保存地区の活性化の結果、保存地区につながる商店街にも次々と店舗がつくられています。
地区内には交流スペースとなる施設もあります。
伝統的建造物は現代の生活とも共存できるだろう
伝統的建造物群保存地区がつくられた当初は目的が理解されませんでした。
街並みの保存と住環境の改善は両立できないと考えられていたためです。
しかし、初期の街並み保存が上手くいったおかげで、今では地域の歴史や文化を活かす街並みは高く評価されています。
地方創生・環境拠点などにも一役買っています。
建造物群保存地区では、文化財を保存・活用しながら利便性の高い生活やビジネスとの両立を求めます。
文化財の価値を保つため、現状変更にいくつか規制はあります。
ただし、規制の対象は外観の位置・規模・形・色彩・デザインに限定しています。
(内部も含めて保護してほしい場合、市町村や都道府県が指定する文化財か国が指定する重要文化財への指定が必要です。)
伝統的建造物群保存地区は、地区内で生活する人のライフスタイルを尊重しながら、街並みを守る仕組みと言えるでしょう。
内部の設備などは外観に影響がなければ変えられると思われ、その時代のスタイルにあった建築物にできそうです。
新築を建てる際は、保存条例などを十分に確認し、地区の景観を邪魔しない外観づくりがポイントです。
そして、ニーズの高い設備が取り付けられていれば、街並みに惹かれて住みたい人に便利な暮らしも提供できるはずです。
- この記事を書いた人
- 星脇 まなみ
- 2016年からフリーランスでライターとして活動しています。 主に住まい・暮らし・生活に関する記事を制作してきました。 住みやすい街や今後熱くなりそうな街や都市開発、資産運用への関心が強いです。 住宅設備で1番好きなのはトイレ。外出先でもメーカーやデザイン、使い勝手が気になってしまいます。
- 「暮らす」カテゴリの最新記事